
4年投手の竹内渓人です。
いま、8月11日20時を回りました。慶應とのOP戦で凄まじいほど大炎上したあとにこのブログを書いています。今まで散々迷惑をかけてきましたが、本日も申し訳ございませんでした。哲郎の顔がとても怖くて2塁牽制のサインを見たくなかったです。
では引退ブログということで、過去の諸先輩方に倣って、1年の頃から振り返っていこうと思います。
1年生
1年間の浪人生活を経て入部します。体験入部の投内で一塁まで走っただけで膝を破壊しました。とにかく最初は体が全く動かず苦労したのを覚えています。(今も動きませんが)
夏のOP戦、ウェルネススポーツ大戦で初めてチャンスをいただきました。登板前に村上さんから「大学野球は甘くないよ。」と言われ、かっこいいこと言うなぁ❗️と思っていましたが、その言葉の通り満塁被弾を浴び、10失点。華々しいデビューを飾ります。それからは一層モチベーション高くウェイトや自主練に取り組んでいたように思います。が、秋リーグは大和さんとインスタライブをしていたことしか記憶に残っていません。
2年生
春リーグの大正戦で公式戦デビューを果たします。そこからなぜか一点も取られず、防御率0でリーグ戦を終えました。正直天狗になりましたが、すぐにその鼻はへし折られます。
リーグ戦が終わると、20球全力で投げたら腕に力が入らなくなるという謎の病に襲われ、騙し騙しピッチングする日々が始まりました。また、この頃になると一番仲の良かった椿山が辞め、一応唯一のピッチャー同期だった中野もいつのまにか消えていました。それでも心配は無用でした。同期は "全員仲が良く"、"いつもみんなで行動をする"ような、"部内でも随一の仲が良い代"だったので、居心地が悪くなるようなことはまずありませんでした❗️ありがとう‼️
そして、秋リーグが始まると春の好投が嘘だったかのようにボコボコに打たれ、遂にミスターゼロは消え去りました。めでたしめでたし。
3年生
3年時は留学に就活と、自分の中で野球の優先順位が低くなっていました。ですが、御茶ノ水の病院で謎の病の正体が胸郭出口症候群と分かり、半年以上リハビリに励みます。秋口には症状がほぼなくなり、ボールを投げることの楽しさを思い出しました。しかし、リーグ戦ではほとんど出番がなく、最初から最後までブルペンで投げ続け、たまに出た試合では普通に打たれる化け物が爆誕しました。ろくに練習してないので当然ですよね❗️
4年生
投手リーダー(?)としてチームのことを考える立場に回りました。技量も野球の知識も乏しいうえ、リーダー適性もない自分にとって、動物のような投手陣をまとめるのは哲郎とサシで飲みに行くくらい難しいものでした。いじられ、舐められ、結果も出ない。りょうさんってこういう気持ちだったんだなぁと今になって思います。
でも、そんな動物園での生活は上智図書館の窓際一人席の次くらいに居心地が良いです。ゲルに睨まれるのもあと数ヶ月で終わりかと思うと寂しい気持ちでいっぱいです。
来月から遂にラストシーズンが始まります。今までは自分が良ければそれで良かったけれど、この動物陣で、このチームで優勝したい気持ちも大きくなってきました。というか、今はその方が大きいです。
この4年間でたくさんの人と出会いました。その縁のおかげで、野球がもっと楽しくなってしまいました。まだまだ成長できるんじゃないかと思ってしまいました。どういう形で続けるかは分かりませんが、仕事をしながらもう一回プレイヤーとしても挑戦し続けようと思います。その前に、三部を優勝し、最後の学生野球を神宮で終えられたら、最高だなぁと思います。
最後になりますが、今までお世話になった監督コーチ、OBOG、保護者の皆様、神谷さんはじめ学校関係の皆様、本当にありがとうございました。
縁を大切に。
竹内渓人














