
「上智なら頑張ったらレギュラーなれるんじゃない?」
高校2年生のとき野球部の監督さんにそう言われたのが僕が上智を目指したきっかけでした。当時の僕は主将ではありましたが、試合に出場する機会はほとんどありませんでした。それでも、誰よりも声を出して、誰よりも練習して、主将としてチームを甲子園に連れていきたい。その一心で野球に取り組んでいました。でも、大学では自分がグラウンドに立ってプレーしたい。そんな思いが強くありました。そんな思いから、高校野球を引退したわずか2週間後には、上智の高校生体験会に参加していました。そして楽しみに迎えた大学1年生の4月。日大藤沢で野球をやってきたんだから、頑張ればレギュラーになれるだろう。そんな自信を持って入部した僕の鼻は、たった1日でへし折られました。同期には、高校最後の大会でサヨナラヒットを打たれ、二度と顔も見たくないと思っていた桐光の哲をはじめ、日大三高、桐蔭などの強豪校でプレーしてきた選手や、各校でキャプテンを務めていた選手たちがいました。
「話が違う……」
そんな予想外の出来事から、僕の大学野球は始まりました。
1年生の頃は、ラインを引いたり、ボールボーイをしたりと、サポートに回ることがほとんどでした。それでも、実戦練習でランナーをしたり、サードの守備に入ったりするだけで嬉しかったのを覚えています。高校時代は練習でも三塁コーチャーをすることが多かった僕にとって、グラウンドでプレーできること自体が嬉しかったのだと思います。夏休み、同期のマネージャーに「同期でまだヒット打ってないの、壮真だけだね」と悪気なく言われ、焦りを覚えたのを今でも覚えています。そんな中、大和スタジアムで大学初のヒットを打ち、一塁ベースからベンチを振り返ってみんなと喜び合ったことがとても嬉しかったです。またヒットを打ちたい。ただただそう思いました。
しかし、うまくいくことばかりではありませんでした。周りの選手が想像以上に野球がうまかったこともそうですが、正直、自分ももう少しできると思っていました。1年生の冬からはなぜかイップスになり、塁間すらまともに投げられなくなりました。そして2年生の夏。レギュラー争いにはほど遠いながらも、一緒に自主練を頑張っていた椿山くんが勇退しました。一緒に頑張ってきた仲間が辞め、自分は相変わらず試合に出られる見込みもない。何のために野球を続けているんだろう。そんなことを考えるようになっていました。夏合宿では本気で野球を辞めようと思い、同期に相談しました。かじやきよが話を聞いてくれて、そこまで仲が良かったわけでもない哲が、一緒にお風呂に入りながら真剣に話を聞いてくれたことを今でも覚えています。みんなが真剣に話を聞いてくれたこと、そして次の日に運よくヒットを一本打てたこともあり、もう少し野球を続けてみようと思いました。
そして、続けるからには新たに目標を立てよう。せっかくここまで野球を続けてきたのなら、野球を通じて人として成長したい。
「過程ではなく、結果で示す」
「勝負強い人になりたい」
この二つの目標を立て、今まで以上に自分と向き合うようになりました。もちろん、野球を続けると決めたからといって、急に何かが変わったわけではありません。なぜうまくいかなかったのか。逆に、なぜうまくいったのか。技術の問題なのか、それとも心の持ち方なのか。我武者羅に努力することしか知らなかった高校時代とは変わり、自分なりに理由を考えるようになりました。練習量も少し増やしました。全体練習が終われば、かじ、きよ、こじろうとバッティング練習。ときには練習前の朝からバッティングをすることもありました。ただ数をこなすだけではなく、バッティング練習では初球にこだわり、リーグ戦期間中など思うように練習ができないときは、サイドノックやシートノックの一球にこだわって取り組みました。それでもミスショットをし発狂し、悪送球をしファーストから目を逸らす。そんなことの方が多かったですが……。
3年生になると、大好きな一個上の先輩たちと、今まで以上に本気で3部優勝を目指して野球に取り組みました。何度聞いたかわからないバリューとやらを追い求めました。やはり僕にとってそれは三塁コーチャーだったので、シートノックのときに相手の外野の肩を確認したり、状況を常に整理したり、できる限りのことをしました。自分が腕を回して点が入ったとき、みんなとハイタッチして喜ぶことはできないけど「おれが回したんだよ」と心の中でドヤってるあの瞬間も好きでした。少し話はそれましたが、チームのためにできることをしつつ、いつチャンスが来ても少しでも結果を出せるように、コツコツ練習だけは続けました。
そして4年生の春、初めてもらった公式戦の打席。その初球をヒットにできたことは、今後の人生の自信にしたいと思います。その後の走塁のことは喜びすぎて覚えていません。
ここまで自分に向き合って野球ができたのは大学野球が初めてだと思います。「勝負強くなりたい」「過程ではなく、結果で示す」。この二つの目標をどれだけ達成できたかと考えると、まだ50点にも届かないと思います。それでも、大学生活でこんなに野球に熱くなれたこと、ここまで自分と向き合えたことを嬉しく思います。残りの点数は今後の人生の宿題にします。ほんとに野球を続けて良かったと思います。
ここまで野球を続けることができたのは仲間に恵まれたからだと思います。ヒット一本打っただけで自分のことのように喜んでくれる206号室のみんな。ヒットの動画を見返すといつもみんなの声が入っていました。全体練習後に一緒に自主練をしたり、寝る前に206号室でくだらない話をしたり、ときには真剣に相談に乗ってもらったり。そんな秦野の日常が大好きで、家まで30分ちょっとで帰れるのに毎回泊まっていました。いびきだけは最後まで直せそうにないので、あと少し我慢してください。
頼りになりすぎる幹部のみんな。みんな頭の回転が速すぎて、ミーティングでは話についていくのに精一杯だったけど、そんな優秀なみんなと一緒にチームを作ってこられたことを誇りに思います。残りの期間も、風紀委員として最後まで自分の役割を全うしたいと思います。
宿泊したとき、どこに夜ご飯を食べに行くか決めるためにした同期とのじゃんけん。
遅刻することを恐れ、早いときには2時間前には遠征先に着いていたむなとの車遠征。
練習の合間や整備の時間にする、後輩たちとのくだらない会話。
それもあと少し……。
日頃から上智大学硬式野球部をご支援してくださっているOB・OG、保護者の皆様。そして、ご指導いただいた吉田さん、西村さん、平野さん、宮澤さん、尾形さん。本当にありがとうございます。
野球をするときは真剣に、それ以外ではくだらないことで笑っていられる。そんなこのチームの雰囲気が僕は好きです。
このチームで野球ができるのも、あと少し。
ノックでもバッピでも、チームのために自分ができることを、引退するその瞬間までやり抜きます。
池永壮真



















