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2025

引退ブログ - 平山直 -

四年副主将の平山 直です。


時間の流れというものは非常に早いもので、遂に自分にも引退ブログの筆を取る時が来ました。この上智大学硬式野球部で過ごした四年間は、野球人生史上一番短く感じた四年間でした。しかし、今日までの日々があっという間だったという以上に、充実して濃密な四年間だったと感じています。まずは、そんな私の充実した四年間に関わり、形作ってくれた全ての方々に感謝したいと思います。本当にありがとうございました。


この引退ブログでは、今は覚えているけれどいつか忘れてしまいそうな思い出を、一六年間続けてきた野球の引退を目前にした今の気持ちを素直に記したいと思います。少し、いや、確実に長くなりますが、今回くらいは最後までお付き合いください。


自分が初めて秦野に訪れたのは、まだ入学前の三月でした。秦野駅で田村と合流して、村上さんに送迎していただいたのを、昨日の事のように覚えています。グラウンド近くにセブンイレブンがあるという前情報に騙されて昼食を買っていなかった僕に、優樹はウイダーを一本分けてくれましたね。今では実家のような安心感のある秦野クラブハウスも、あの時は全てが新鮮でした。本当に懐かしいです。

大学一年の時は、ベンチに入りたくて、試合に関わりたくて仕方ありませんでした。しかし、迎えた春リーグはほとんどをインスタライブの実況をして過ごしました。これは保護者の方もよく覚えているかもしれません。今考えれば、まぁそんなもんだと思いますが、当時はそれが悔しくて仕方ありませんでした。あの頃が、一番結果に固執して練習していた時期だったと思います。その結果、秋のリーグ戦ではDHで4番を任せられたり、入れ替え戦に出していただいたりと貴重な経験をさせていただきました。そして、上級生・幹部になって初めて、あんなに生意気だった自分を信じて試合に出させてくれた当時の村木監督や柴田コーチの寛大さに気付きました。本当にありがとうございました。

大学二年は、度重なる入れ替え戦で酸いも甘いも経験した。そんなシーズンでした。春の入れ替え戦の二戦目の九回、ツーアウト満塁のチャンスで一橋佐川のチェンジアップに空振り三振し、パワプロみたいにひっくり返り、神宮球場が一瞬静まり返ったのは今でも鮮明に覚えています。その裏、歩が指を吊って降板し、チームも普段しないような守備の乱れを起こして結果的にサヨナラ負けしました。試合の流れの有無で度々議論になった世代ではありましたが、あの日相手の流れのきっかけを作ったのは紛れもなく自分でした。あの日ほど責任を感じた事はありません。その分、秋の入れ替え戦、一橋を二連勝で打ち破った時は本当に嬉しかった。中学野球も高校野球も不完全燃焼で終わった自分にとって、今野球人生で一番嬉しかったのはいつかと聞かれたら間違いなくあの日です。それくらい、入れ替え戦のプレッシャーは自分にとって大きいものでした。なので、下級生は覚えておいてください、たとえ、三部への昇格戦だとしても防衛戦だとしても「入れ替え戦」は簡単に勝てるものではありません。

そして今年の春、三部で迎えた三回目のシーズンは、自分にとっても、チームにとっても一番悔しいシーズンだったと思います。特に個人においては、度重なるチャンスでの凡退、釈然としない守備とチームにたくさんの迷惑をかけてしまいました。毎試合後、「自分が打っていれば、あそこで捕れていれば」と活躍できない自分に自己嫌悪を感じるくらい、ことごとくチャンスを潰したシーズンでした。メンタルも限界で、成蹊の二戦目の後には、田村・佐々木とヤケ酒をしようとなり、試合後に溝の口に集まったのもまだ記憶に新しいです。(藤村と貞包も居ました)今思えば、リーグ戦中にお酒を口にしたのは、あれが初めてでした。それくらい追い込まれていたという事だと思います。

あれから約三ヶ月、入れ替え戦進出の危機を乗り越え新たなシーズンを迎えようとしています。この三ヶ月間は、今までで一番野球と向き合った三ヶ月間でした。まだ、上手くいかないこと、自分の中で噛み合っていないことはたくさんありますが、この四年間の経験上、一番自分の技術が伸びるのはリーグ戦中です。なので、最後のリーグ戦も、常に自分と向き合い続けて、全ての試合をベストな状態で迎えられるような準備をしたいと思います。野球人として自分が完成するのは引退するその時です。その時まで全力で走り続けたいと思います。


次に同期の話をしたいと思います。自分の同期は、本当に優しくて、個性のある人たちばかりです。こんな蝉みたいに口数の多いやつと毎日のように絡むのは本当に苦痛だったと思います。仲良くしてくれて本当にありがとう。みんなとの思い出は語りきれないくらいたくさんあります。練習前も、練習中も、練習後も家に帰るまでずっと一緒だった。僕のマシンガントークの1番の被害者である田村優樹。結構遊びに行った思い出があるのに、唯一居なかった話を引退ブログに書いてしまうイケメンすぎるだろ貞包康成。同じ学部なのに最初は見分けがつかず、「聖パウロ・深渕」と一概に呼んでいた深沢龍士・岩渕歩。一緒に韓国に行ったはいいけど、お腹を壊して迷惑をかけた阿部拓未。一年の上南戦の時に宣言していた通り、本当にスチールドラゴンと同じ速度の球を投げられるようになった正木悠馬。同じ東急線界隈になってから距離が縮まり、常に同じトレンドがあった寺尾聖之。入部当初は完全にサークルクラッシャーだと思っていたのに、気づけばライバル?になっていた小出朗大。秦野の練習後に、陸上競技場で変なダンスを踊っていた、実は同期で一番体力のある大久保凪紗。バイトで一緒だった、すかしているようで、実は1番熱い漢平野慶。斎藤佑樹を最近まで知らなかった衝撃のマネージャー藤村康生とは、一緒に徹夜で哲学のテスト勉強をしたりしました。最後に、佐々木恵太郎。恵太郎とは練習後のロンティー仲間で、今まで何球打ったのかも想像もつきません。この十二人と同じ代だったことは、自分の大学生活で一番幸運なことだったと思います。同時に、このメンバーだったからこそ今まで頑張ってこられました。重ねてになるけど、本当にありがとう。そして、みんなとの縁はこれからもずっと続くと思います。これからもよろしく。そして、後もうひと踏ん張り、ラストシーズンみんなで頑張ろう。


また、僕は先輩後輩にも恵まれました。先輩方、こんなに小生意気な奴と仲良くしてくださって本当にありがとうございました。後輩達、いつもダル絡みして本当にごめん。後少しだけ我慢してください。


早くて十月、遅くても十一月には一六年間の野球人生を終える自分ですが、考えてみれば嬉しいことより悔しい事・辛いことの方が多く、正に苦難の一六年間でした。でも、ここまで野球を続けて来られたのは、本質的に「野球が好き」だからだと最近気づきました。

本当にずっと好きだから、やれてきたんです。

同期や後輩の皆さんには完全に野球エンジョイ勢に見える一面もあるかもしれませんが、実は悠馬や朗大のようにプロ野球選手を目指して野球を続けてみたいという気持ちが少しだけありました。しかし、自分の実力と可能性を押し測ってみると、どうしても自分がプロ野球選手にたどり着くビジョンは見えませんでした。このギャップは、野球をしている多くの人が経験していると思います。その点、その選択肢に向かってまっすぐな二人の事を本当に尊敬します。本当に頑張ってほしい。


野球は自分にとって一六年間連れ添ってきた恋人のようなものです。最後のリーグ戦はそんな恋人に笑顔で背中を向けられるような、そんなリーグ戦にしたい。でも、それは決して個人の結果に伴うものではありません。今の自分が野球をする喜びは、チームが勝つことにあるからです。だから最後のリーグ戦は、優勝のその瞬間まで、みんなの力を貸してください。春は頼りない副主将で申し訳なかった。春、宗方に「去年の秋より情熱とか貪欲さを感じない」とふと言われたのを強烈に覚えていますが、確かに春は冷静ぶって気持ちが前面に出ていなかったなと思いますし、そんなの全然自分らしくありませんでした。この秋は、どんなに優勢でも劣勢でも、試合に出ていてもいなくても、球場で一番の存在感を放つ人になってみんなを引っ張れるように、声と情熱を絶やさないので、みんなもついてきてください。みんなで優勝しよう。


最後に、自分の野球人生の初めから今まで支え続けてくれた両親に感謝したいと思います。金銭的な面だけでなく、ずっと自分を一番のファンとして応援し続けてくれた事は一生忘れません。本当にありがとうございました。


平山 直



WRITER:平山直
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